Story
 類が初めて月に足跡を残してから、はや幾百年。
 人類は歴史的な統合を果たし、世界国家「地球連合」を発足させた。
 21世紀末に小惑星帯に向けて打ち上げられた探査衛星は、資源となる小惑星を次々と運んできた。
 重力の増強、軽減技術の発見は、宇宙開発を容易にしたのみならず、月面や小惑星上に大気圏を作り、人類の居住権を広げることをも可能とするものであった。
 そして、人工光合成と有機太陽電池の実用化は、人々を飢餓と枯渇の恐怖から解放した。
 戦争、人口、食糧、エネルギー、20世紀末から続く全ての問題が解決された、夢の世紀の到来である。

 かし、先人が血と汗を以て築き上げたこの平和を享受するうち、人類は永い安定に慣れ、進歩を忘れ、徐々に腐敗していった。
 まず、資源衛星を狙う宇宙海賊が横行し始めた。
 そして、それを鎮圧するために、長らく解体されていた軍が再編成された。
 海賊による資源流通の阻害と、軍の維持のための費用、それに加えて安易な経済政策が加わり、地球連合の経済事情は悪化を始めたが、利権を貪ることに慣れ、本格的な危機を長らく経験していない政府は、その解決を、資源衛星への依存と、月や小惑星居住区への規制の強化という、まさに宇宙からの搾取とでも言うべき方法に頼ったのであった。
 むろんこれらを懸念する意見は各地から挙がったが、政府はそれらの声を、軍による強権的な圧力によって圧殺した。
 もはやこの頃になると、政府の民主制も失われ、連合の政体は、大統領制とは名ばかりな、いくつかの有力政治家一族による持ち回りの貴族政治と化していた。
 人々が安寧の夢に酔う内に、世界は数百年を退行し、暗黒時代へと向かおうとしていたのである。

 が、闇夜に銀月が光を投げかけるがごとく、それは月から始まった。
 地球連合月面駐留軍総司令官、シラトリ・イサムは、地球圏の現状を憂い、地球連合政府の解体、変革と、月や衛星コロニーの市民の解放を訴え、月の独立を宣言。連合側はこれに軍隊を差し向けた。
 後に第一次汎地球圏戦争と呼ばれるこの戦争は半年続いた。
 政府の圧力に苦しんできた月、衛星コロニーの市民や、政府の経済政策に懸念を示す宇宙企業体などの支持を得、なにより、新開発されたロボット「白い悪魔」ワルキューレを始めとする精強な月面軍部隊に支えられ、この戦いは月側の有利に進んだ。
 しかし、第一次講和交渉の席上で、シラトリ・イサムは暗殺。彼を失った独立軍は、奮戦むなしく敗北を喫し、火星方面へと向かい消息を絶つ。こうして革命は終結した。3年前のことである。

 かし、一度生まれた変革のさざ波は、もはや衰えることなく、大きなうねりとなって地球圏全体を覆っていた。
 かの反乱より3年、月と地球を挟んで反対側にある衛星コロニー群が、連合からの搾取に反対し、地球との関係を断絶、コロニー市民会議と呼称し独立国家を設立した。
 時を同じくして、地下に潜伏していたシラトリ・イサムの部下たちが、月裏側にあるセレン基地司令官と同調して反乱を決行、月革命政権として独立を宣言、地球連合に宣戦を布告した。
 漆黒の夜を貫いて輝く宇宙よりの二つの光、だが最後の希望であるはずのその二つの光は、まだあまりにも小さく弱々しく見えた……


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